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模試の合否判定

秋が深まりゆくこの時期、受験生にも変化が見られます。大きく二つのタイプに分けられます。一つは、努力の成果が偏差値などに表れてきたことで、ますます意欲に燃える受験生。もう一方は、模擬試験の結果が芳しくなく、自信喪失状態に陥って、やる気をなくし、勉強が手につかなくなっている受験生です。意欲に燃える受験生は、より志望校合格に近づいており、心配はいりませんが、問題は、自信喪失に陥った受験生です。努力をしてきたと自負があるのに、模試の合否判定がDやE。やる気も失せるのは無理がらぬこと。私にも同じような体験があります。と言って、同情してみても、受験対策の手助けにはなりません。受験との戦いには、落ち込んでいる暇などありません。進むべき道はただ一つ、自分に喝を入れ直して、死に物狂いで頑張るだけ。

初めて中学受験に臨んだとき

初めて中学受験に臨んだときに、「合格・不合格の半分は親で決まる」という言葉が耳に入ってくると、お母さんはどうしても一生懸命になります。「私のせいで落ちるなんていうことがあってはならない。親戚からも、隣近所からも、私自身が試されている」そうした心理状態に陥るのです。また、受験のシステム自体にも夢中にさせる「麻薬」のような部分があります。自分が努力・練習するのではなく、努力・練習するのはあくまで子どもです。一方の自分は指示する立場です。それでいて、毎月、毎週のように自分の「指示」の成果が目に見える形で表れてきます。専業主婦の日常生活には、成果がハッキリ目に見える機会はまずありません。日々達成感とか、褒められるとかいった経験から遠いところで過ごしていることが多いものです。ですから、いったん受験生活に入り、成果がすぐに出る生活には、充実感を覚え、たちまちはまってしまいます。

大学で、本気で学びたい学問が見つからない

大学は人間が豊かになるところである。よく「大学で、本気で学びたい学問が見つからない」と言う高校生がいる。学問がつまらないと思うのは、生きることに興味がないからである。今までも興味があることをしてこなかったからだ。日常生活がつまらないから、学問がつまらないと思う。日常生活に興味があれば、学問は自然と面白くなる。人文科学にも、社会科学にも興味が湧いてくる。生きることに興味があり、日常生活に興味があれば、最も効率の悪そうな「古典を学ぶ」のも面白くなる。和歌にも心の叫びが出ている。自分自身を生きていれば何を学んでも「へえ、そうか」と感動する。そうすれば「生きるためには文学って大切だな」と思うときもくる。四十代になってから文学を学ぶのと、十八歳の純粋な頃に学ぶのとは、どちらにも意味があるが、得るものは違う。ハーヴァード大学の学生と話をしていたら、学問をするのは恋愛をするのと同じように面白いと言っていた。学問は本来それくらい面白いのである。